■ 株式会社菅岩製作所  訪問記 ■


■ 菅岩製作所 訪問記 −神田川のせせらぎで生まれ、神田川とともに成長する

平成16年の7-8月というのは、東京が亜熱帯気候になる端緒として記憶されるかもしれないような、そんな暑い日々がつづいていました。
これから訪問する菅岩製作所は、昨年の12月に会員のみんなは会社訪問を終えておりましたが、筆者は都合が悪く参加できず、ようやくこの日8月4日になったしだいです。

神田川東西線の高田馬場の駅を出て、明治通りを右折、真新しい戸塚警察署の先の都電を横切り神田川沿いを下っていきます。ここの神田川あたりこそ、あのフォークソングになった神田川です?ワンルームマンションなどのなかった、古き懐かしい時代を伝える名曲。70年代初頭の若者たちの生活をそっくりそのまま伝えている感じのする「神田川」。

でもいまは、さらに深くなり、沿道にはうっそうとした桜並木があふれ、桜並木のしだれ落ちる枝のはるか下に、川のせせらぎはあり、掘れ下げられた深い川面の上に、桜の枝は垂れ下がり伸び放題。さぞかし、桜の季節は美しいこととおもわれ、都内の川沿いの桜名所のひとつかな、と思ったしだいでです。

この神田川の左岸には、いろいろな会社があり、菅岩さんの説明では中小の印刷会社が多いといわれた。染物会社もあり、その昔神田川で、染物の洗い流しをしていたということでした。

菅岩製作所 そうこうするうちに、菅岩製作所の前かな、おもったら社長の菅岩氏が中乃橋の上で待っておられた。しばらく立ち話。川には金色や緋色の大きな鯉が泳いでおり、蚊の駆除もあって、東京都が放流したという、先ほど来る途中では、小魚が群れ泳いでいるのを見ましたよって、菅岩さんにいうと、最近はずいぶん水がきれいになり、昔と大違いということでした。川べりまで自宅の敷地であったが、川べりに歩道を作ったり、川床の掘り下げや護岸工事で、敷地の一部を都に提供されたという。子供のころは、庭から直接神田川に降りることができた、といっておられた。

金属加工の切子の袋が置かれていて、確かに金属加工屋さんにやってきた、と実感し、早速社内を案内してもらう。1階は、主にフライス盤工場。加工の最中でした。とにかく、機械が多い。見せていただく筆者には、なかなか機械の役割や能力というものはわからないのですが、ずいぶんと働いた機械と思われるものがあり、それらは現役でまだまだ機能するという。

2階では、主に旋盤が働き、丸いものの加工をおこなっている。ここにも、数台のマーシンが設置され、けむりのようなものがもやっている中、まったく音も無く加工されている。聞くと、材料はアルミだそうだ。丸い、半導体製造装置に使う部品の加工。径は大きく300mmはあろうか。どうみても熟練仕事で、難しそう。アルミの切子がすうーとでている。

受注動向をお聞きすると、今年からかなり増えた、といいます。3年前の水準にもどりつつある、という。ただ、それは量が戻るだけで加工賃が下がっているので、収益は戻っていない。人工(にんく)が、以前の水準にもどることはない、という。難しい状況です。

材料について伺うと、アルミなどは板圧によってタイトになったことがあったし、材料単価についても値上りしているという。ステンレス、アルミ、鉄については、もう上がっている。

この2-3年、とっても受注では苦労した。加工賃をみなおしたり、赤字覚悟で仕事を受注したり、工具を作ったり、また定期的に需要のあるものは先作りしたりして工場の稼動を維持してしのいできた。父親から仕事を引き継いで5年、オヤジはいいときに、やめたよって菅岩社長は笑う。

実は、菅岩社長も、オヤジの会社に入る前にサラリーマンを2年ほどしていた。機械設計の仕事をしていたが、NC旋盤にプログラムが必要になり、オヤジではそれができないというので、自分にやってくれないか、ということで父親の会社に就職したという。

筆者は、青山学院大学理工学部を卒業して、そのまま父親の会社に入ったものと思っていたが、菅岩社長もよそのメシを食べていたのです。でも、今の単価ではNCプログラム代金ももらえなくなった、と嘆く。ソフトウエア開発の筆者からすると、とっても厳しいなあーと思われる。付加価値の再創造を求められている時代になった、と思う。

菅岩製作所は、多品種少量生産に対応する。設備機械部品の加工に的を絞って、受注を展開している、という。特注品の金属工、径が450mm程度までのものならOK ということ。
品質管理は、任せて安心。きめ細かな、打ち合わせを行い、機敏に対応できます。お客様のニーズを把握し、優れた品質のものを提供できる、と菅岩社長は胸を張った。

最近、産学交流について訪ねると、大学から1件受注し、製作したものがある、という。学生の書いた図面を精査しアドバイスを与え、加工の手伝いをしてあげた、という。TLOなど、いろいろ大学には特許があり、使えるものがあるのでしょうが、会社は自社の経験と技術の蓄積の上で、先々のことを決めていくので、これは面白い、といってすぐに手を出せるものはない、と残念がる。息子さんが大学院で、最新の技術を習得されている、後継者の問題はクリアされているが、菅岩製作所オリジナルの製作を、今後とも目指して生きたい、と知から強く菅岩社長は語る。自社の強みは、あくまで機械部品の金属加工に特化させ、多品種少量生産でいきたい。

社員は、経験者がいれば採用したい、というお考え。熟練工を目指していく方、技術を身につけたい方をさがしてはいます。旋盤などの機械の前で一日金属にかかわって、切断、切り込み、掘削などができる人が必要。といっておられた。




会社訪問記 一覧へ

トップページへこのページの先頭へ